一つの学校、ひとまとまりの学校、一丸となった学校

◎平成22~24年度の三年間、学内チーム研究「東京学芸大学<子どもの問題>支援システム・プロジェクト(大学運営費交付金)と、インターカレッジ研究「欧米8カ国のインクルーシヴ教育における合理的配慮のあり方に関する研究(科研費補助金)」を同時進行で推進中です。ご意見等はwewewe@u-gakugei.ac.jp まで。

 

「インクルーシヴ教育と合理的配慮のあり方研究」始動

前回のブログアップから2ヶ月も立ってしまいました。決してサボっていたわけでも、病気で入院していたわけでもなく、二本のプロジェクト仕込みに手間取っておりました(現在も継続中ですが・・・)

いずれにしましても、嬉しい悲鳴ではあります。少人数ながら続けてきた欧米の特別ニーズ教育に関するインターカレッジな学習会をベースに申請した科研費が採択され、向こう三年間にわたり、欧米8カ国(スウェーデン、デンマーク、イギリス、ドイツ、フランス、ロシア、アメリカ、オーストラリア)のインクルーシヴ教育のありようを丁寧に取材し、検討することができることになりました。

その検討に際してのキーワードが「合理的配慮」です。障害者権利条約第24条/教育の2では「この(教育についての障害のある人の)権利を実現するため」締約国が確保すべき事項として、例えば「(b)障害のある人が、自己の住む地域社会において、他の者との平等を基礎として、インクルーシブで質の高い無償の初等教育及び中等教育にアクセスすることができること。 」や「(c) 個人の必要に応じて合理的配慮が行われること。」を挙げています。それぞれの国では、何をもってインクルーシヴ名教育といい、何をもって合理的配慮と呼び、判断しているのか。日本のこれからを考える上で有用な参照情報をきっちりと提供したいと考えています。(上記権利条約の訳文は川島聡・長瀬修 仮訳(2007年3月29日付訳)を用いさせて頂きました。

以下は、この三月に訪問したスウェーデンの中学校における見聞をもとにしたミニ発表資料です。ブログ再開にあたり、まずは紹介させて頂きますね。

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1962年に今日の学校教育制度の基本設計がなされたスウェーデン。その基本理念・スローガンが「すべての者のための一つの学校」です。1968年から、それまで就学免除対象となっていた中重度の知的障害がある人たちも就学が保障され、「すべての者」に対する機会の保障は実現されました。しかしながら、「結果の保障」はまだまだ道遠く、加えて論点は「一つの」をどのように捉えるかです。

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2010年3月に訪問した同校は小学校・中学校・幼稚園・中重度知的障害学校が併設されている600名強という比較的大規模な学校です。中学校校長のヨーラン先生は「荒れまくっていた15年前」に立ち直りのきっかけを作って欲しいと半年の約束で赴任、結局今日まで15年、務め続けています。

教師と生徒が<一丸となった>学校を目指し、5つのRを合い言葉に学校づくりをしてきました。「正しい経路」とはロッカーの上を歩かない、窓から入らない等を意味しているそうで、15年前が想起されますね。

 

 

 

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同校は最高で30種類の言語が飛び交う多文化共生学校でもあります。スウェーデン語が全くできない生徒のための「言葉の準備学級」・・・これなどは比較的「合理的配慮」として多くの人が納得しやすいものかもしれません。その他に、スウェーデン語を母語としない生徒の為の、第二外国語学級、発達障害等による抽出指導を行う特別指導グループ、ハイタレント教育としての音楽(中心)学級やIT(中心)学級、そして近くには公立フリースクールとでも言うべきリソース学校。ヨーラン先生は「だからこの学校は決して「一種類」の学校ではないよ」と言い、「でもね、ひとまとまりの学校ではある」とも言います。

 

 

 

 

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やはり「子どもの最善の利益」とは何か、「最大の発達」とは何で、それはどのようにすれば実現できるのか、それぞれの国の文脈で検討する必要があるなぁ、とつくづく実感して戻ってきました。

ヨーラン先生は、とにかくジレンマと向かい合いつつ、教師同士、教師と生徒、教師と保護者と生徒が話し合うことが重要と強調します。小生には同時に多様なニーズに応えるリソースの充実と環境との相互作用でニーズは決まるという視点の広まりが重要と感じられました。

 

さて、本格的な研究はこれからです。気負わず、しかし精力的に進めていきたいものです。今後ともよろしくお願い致します。