東日本大震災の地・石巻復興支援ネットワークへのアクセス

<Becoming>と<Being>の差異に想う 

被災者になる(becoming)可能性の差異は小さく、被災者として存在する/生きる(being)か否かの差異はあまりにも大きい。初めて東日本大震災の復興支援ネットワークにアクセスする機会を得て、学生ともども、深く、深く、胸に刻むことになりました。

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大川小学校の献花台にて。

2台の車にわかれて視察に連れて行ったいただいた学生諸君と。

この後、30分以上、車中で言葉もなく過ごしました。

 

 

 

 

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左側の支柱は、津波の波高<6.9m>を示しています。

本来は港まで見渡せない門脇地区ですが、一面の平地。残るのは住宅の土台、ひしゃげた鍋など。

この地に立って、ようやく津波の高さ・威力に対する実感が「無かった」ことを痛感させられました。

 

 

例えば「行ってきまーす」「行ってらっしゃい」のまま、永遠に親と別れることになった子ども。仲良くなった自衛隊やボランティアの人と再び、三度の別れを経験するつらさ。

例えば、流されてくる人を助けに助け、自らが低体温症で命を失った人。その彼の最後を自分の膝枕で送った妻の、「最後は私の膝枕で逝ったから、良かったんじゃないかしら」という語りの重さ。

「でも、みんな、元気でしょう?!来てくれること、知ってくれることが大切。できることはたくさんあるから」という言葉をかみしめて、これから、改めて、できることをしていきたい。息長く。学生諸君と様々な思いを深めた4日間でした(2012年11月2~5日)。

改めて、また。