今、あらためてNormalizationを考える

新しい年度を迎えました。卒業生にはエールを、入学生には歓迎の意を、在校生には叱咤激励を贈ります(^^)/。また、この研究室ブログを見て下さっている皆様には、改めて謝辞とエールが届くよう、今年度こそ、頻繁なブログ更新を誓います(^_^;)。

フィービ・スノウ(Phoebe Snow)をご存じですか?

さて、短い春休み中、ネットでかつてLP(アナログレコードのことですよ~)で持っていたディスクのCD版をいろいろと検索していたら、フィービ・スノウが2011年4月26日に亡くなっていたことを知りました。

ご存じですか?フィービ・スノウ・・・・。

1950年、アメリカ生まれのシンガー・ソング・ライター。1974年にリリースした1stアルバム「Phoebe Snow」がミリオン・ヒット。バックにテディ・ウィルソンやズート・シムズといったJAZZの名プレーヤーを配した、ブルースとも、ジャズともいえる素敵なアルバムで、少し(かなり?)背伸びしていた中学生の小生にとって「大人な」ディスクの代表でした。その後数枚のアルバムを出しますが、あまり名前を聞かなくなり、青春の思い出になっていた女性シンガーです。

 

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左が1stアルバムの写真です。

邦題では「サンフランシスコ・ベイ・ブルース/ブルースの妖精フィービ・スノウ」となっていました。

HMVやタワレコでCD購入可能です。静かなジャズ・ヴォーカル、ブルース系がお好きな方は是非。

 

 

 

 

昨今のウェブ情報は大変なものがありますが、彼女の音楽活動がさほど広まらなかった理由の一つが娘さんの養育と介護にあったそうです。1975年12月にうまれた娘さんヴァレリー・ローズ嬢は重度重複の障がいがあり、施設に預けず、自分で/地域社会の中で育てることを選択したフィービは次第に音楽活動から離れたとのこと。娘さんは2007年に31才で逝去。最後までフィービは娘を自宅で育てたそうです。

1970年代のアメリカは脱施設化運動がようやく始まった段階でした。もし、今だったら・・・?子育てとシンガー・ソング・ライターの両立が可能だったのではないでしょうか。1stアルバムでグラミー賞8冠に輝いたノラ・ジョーンズの先駆者になっていたかもしれません。

ノーマライゼーションとはただ、地域で、障がいのある当事者が寂しく暮らすことであってはならない。本人と家族がそれぞれの人生を謳歌できること。そんな想いを強くした次第です。