どう死んでいくか?どう生きていくか?

◆こんなテーマを設定して、学部1年生の授業「社会福祉原論Ⅰ」で『マリアの記憶』を見ました。29 ATP賞テレビグランプリ2012を受賞したドキュメント番組ですので、ご覧になった方も多いことと拝察します。

◆今年の社会福祉原論Ⅰの通奏低音は「寄り添うことと、寄り添い続けることの違い」です。寄り添うことは、ちょっとした想いさえあれば誰にでもできる支援。でも、「寄り添い続ける」ということは、自分の都合ではなく、相手が、「もう大丈夫だから、ありがとう」っていうまで、しかも、「つらくなったら、いつもで帰ってきてね」と本気で言えること。これは、おそらく最も難度の高い専門的支援ではないか、と問いかけています。

◆ALSになり、20年前に離婚した夫、Bobに会うためニューヨークに行き、さよならを言い、人工呼吸器を拒否して、旅立ったマリア。そして彼女とともに笑い、涙を流し、ニューヨークに行った友人たち。前回のブログで紹介した高橋亜美さんと同様、「寄り添い続けている」人たちだなぁ、とあらためて実感しました。

◆そんな映像に対するある学生のコメントが心に残っています。
 「マリアさんに最後まで寄り添い続けた友人の言葉に"自分の生き方を貫こうとしている彼女を少しでも支えたい"というものがありました。そして、マリアさんの言葉に"誰にも寄りかかることもなく生きていけたら"というものがありました。この2つの言葉と2人の関係こそが<寄り添い続ける>ということなんだろうと思います」

◆僕の大切なスウェーデンの友人、姉のように慕っているLena Jensenが多発性硬化症に罹患し、かなり症状が進行しています。この9月、5日間だけですが、再会してきます。何か、をつかむために。何か、をプロフェッショナルとして、次代を担う学生達に伝えるために。

54歳の誕生日を迎えました。いろいろな出会いと再会、そして別れがありました。どうやら、ようやく「生きる」ことの意味を、本当に考えるステージに入ったような気がしています。 S.KASE